「相続人の母が認知症で、遺産分割協議ができない」——これは現場で本当によくある悩みです。判断能力が不十分な相続人を放置して進めた協議は無効になるため、正しい手順で対応する必要があります。本記事で整理します。

なぜ普通に協議できないのか

遺産分割協議は、相続人全員が自分の意思で内容を理解し、合意することが前提です。認知症で判断能力が低下している人は、

  • 協議の内容を理解できない
  • 自分の意思で同意できない

ため、その人を含む協議は法律上無効となります。家族が代わりに署名・押印をすることもできません。

解決策:成年後見制度

成年後見人とは

判断能力が不十分な人(成年被後見人)の代わりに、法律行為を代理したり、財産管理を行ったりする人。

家庭裁判所が選任し、本人の生活と財産を守る役割を担います(民法838条以下)。

3つの類型

判断能力の程度により、

類型 対象
後見 判断能力がほとんどない
保佐 判断能力が著しく不十分
補助 判断能力が不十分

の3類型があります。認知症が進行している場合は後見になるケースが多いです。

なお、2026年6月24日に公布された「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)により、後見・保佐を廃止して補助に一元化する見直しが決まっています。施行日は公布から2年6か月以内の政令で定める日とされ、2026年8月時点では未施行です(現時点では上記の3類型のままです)。最新の情報は法務省のサイトでご確認ください。

手続きの流れ

ステップ1:医師の診断書を取得

主治医に**「成年後見用の診断書」**を作成してもらいます。判断能力の程度を医学的に評価する書類です。

ステップ2:家庭裁判所への申立て

本人の住所地の家庭裁判所に申立てます。

必要書類:

  • 申立書
  • 診断書
  • 戸籍謄本(本人・申立人)
  • 財産目録
  • 親族関係図
  • 候補者の住民票
  • 候補者の身分証明書

ステップ3:審理・調査

家庭裁判所が候補者の適性を判断し、本人・親族へ面接・調査を実施。原則として1〜3か月で選任されます。

ステップ4:選任・遺産分割協議

選任された成年後見人が、本人に代わって遺産分割協議に参加します。

後見人になれる人

家族(配偶者・子・兄弟姉妹など)でも、法律家(弁護士・司法書士)でもなれます。ただし、本人と親族の関係や財産の内容によっては、第三者の専門職が選任されることもあります。

重要な注意点

① 後見人も相続人の場合は「利益相反」

後見人と被後見人が両方相続人だと、未成年と同じく利益相反になります。この場合は、

  • 後見監督人が選任されていれば、後見監督人が代理
  • いなければ特別代理人を別途選任

する必要があります。

② 後見人は本人の法定相続分を確保する義務

家庭裁判所は協議内容をチェックし、被後見人の法定相続分を下回る不利な協議は原則認めません。「家族のためだから」と取り分を譲ることはできない仕組みです。

③ 後見人は一生続く

現行の制度では、いったん後見が始まると、本人が亡くなるまで続くのが原則です。「相続だけ後見を使う」というスポット利用はできません(前述の改正法の施行後は取扱いが変わる予定です。最新の情報は法務省のサイトでご確認ください)。

  • 毎年、家庭裁判所への報告義務
  • 専門職後見人なら月2〜6万円程度の報酬が継続的に発生

これは家計にとって大きな負担になり得ます。

認知症と相続登記の関係

義務化の期限はどうなる?

相続人本人が認知症でも、相続登記の3年期限は適用されます。法務省が示す「正当な理由」の例としては、相続人が極めて多数で戸籍等の収集に時間を要する場合、遺産の帰属について争いがある場合、申請義務者が重病である場合などが挙げられています。後見人の選任待ちがこれに当たるかは個別の判断になるため、管轄の法務局にご確認ください。

相続人申告登記を活用

協議が長引く間に、相続人申告登記で義務を一時的に履行できます。後見人が選任されてから、改めて正式な相続登記を進めればOKです。

生前対策の選択肢

「親が高齢で認知症が心配」という段階なら、任意後見制度家族信託を検討する余地があります。

任意後見

判断能力があるうちに、本人が「将来この人に後見人になってほしい」と公正証書で契約しておく制度。家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時点で効力が始まります。

家族信託(民事信託)

信頼できる家族に財産を預け、契約で定めた方法で管理してもらう仕組み。柔軟性が高く、後見ほどの裁判所関与もないため、最近注目されています。

まとめ

  • 認知症の相続人を含む協議は無効
  • 解決策は成年後見制度(後見・保佐・補助)
  • 後見人が相続人と同じなら特別代理人や後見監督人が必要
  • 後見は一度始まると本人の死亡まで続く
  • 義務化期限に間に合わなければ相続人申告登記で時間を稼ぐ

認知症が絡む相続は手続きが複雑で、早期の専門家相談が必須です。可能であれば、判断能力があるうちに遺言家族信託で備えておくのが最も平和な対策になります。


出典(一次情報)